こんにちは、みやじです。
皆さんは「脊髄小脳変性症」という難病をご存じでしょうか? おそらく、多くの方にとっては聞き慣れない名前だと思います。しかし私は、この病気と無関係ではいられない人生を送ってきました。
脊髄小脳変性症とは
脊髄小脳変性症とは、小脳や脊髄など、運動を調整する中枢神経に異常が生じ、徐々に運動機能が失われていく進行性の難病です。
該当する遺伝子パターンによって、症状や進行の速さなどにいくつかのパターンがありますが、基本的には歩行が不安定になったり、言葉がうまく出なかったり、手の動きがぎこちなくなったり……日常生活のさまざまな場面で支障が生じるようになります。
現在は確立された治療法もなく、発症すればただ緩やかにできることが減っていくため、QOLの低下も免れません。
中でも遺伝性のタイプは、家族の中で世代を超えて受け継がれ、同じ病気に苦しむ人が複数いることもあります。
私の家族は遺伝性の脊髄小脳変性症
私の家族にも、この病気と闘っている人がいます。最初に病気が判明したのは、母方の叔父でした。50代でふらつきが出始め、徐々に歩けなくなり、言葉も不明瞭になりました。最終的には寝たきりとなり、亡くなりました。
次にこの病気と向き合うことになったのは、私の兄です。30代後半で症状が現れ、病院で検査を受けた結果、「DRPLA(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)」という脊髄小脳変性症の一種であると診断されました。現在は施設で車椅子の生活を送っています。
兄の変化は、少しずつ現れました。疲れやすい、言葉が出にくい、気分が不安定、怒りっぽくなる──最初は性格の問題かと思っていたことが、実は脳の機能の低下によるものだったと知ったときは、言葉を失いました。そして、兄だけでなく、従兄弟も中学生のときに発症し、今は寝たきりの状態です。
難病だからこそ、知ってほしい
脊髄小脳変性症の怖いところは、「症状が見えにくい初期」に、周囲が気づきにくいことです。運動の不器用さ、忘れっぽさ、言葉がうまく出ない……それらが病気の前兆だとは、普通は思いません。
さらに、生活面の負担も非常に大きいです。介護、通院、施設費用に加え、家族も本人も心の疲労が溜まっていきます。だから私は 同じように、家族に脊髄小脳変性症の人がいる方、あるいはご自身が診断を受けた方に、少しでも寄り添い、この病気のことを一人でも多くの人に知ってもらいたい。
私がどんなふうに家族の病気と向き合ってきたのか、医療制度や病気の進行、保険請求のリアルを赤裸々に書いていきます。
脊髄小脳変性症という病気が、もっと研究され、治療法が確立する世の中になりますように。 そして、同じ境遇で苦しむ誰かの心が軽くなりますように。


